松尾芭蕉(まつおばしょう:1644年-1694年) 元禄2年の9月に「奥の細道」の旅を大津で終えた松尾芭蕉はその後、江戸には帰らず上方にとどまる。京都にも何度か来て、弟子の向井去来や凡兆らと盛んに歌仙興行を行っている。元禄4年(1691年)4月には半月ほど、嵯峨野落柿舎に逗留、過ごした日々のことを「嵯峨日記」として著した。芭蕉は「嵯峨去来下屋敷(=落柿舎のこと)に泊り、竹の子を食べ、大井川(=保津川)に舟遊びに出て客に鮎を振る舞い、嵐山を朝夕眺めている」とし、楽しげである。