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栃木県 日光東照宮周辺

 
 
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日本文化の中で異彩を放つ「桃山文化」を背景にする日光東照宮。

イラスト陽明門神になった徳川家康を祀る
江戸幕府を開いた徳川家康は1616年に逝去、1617年になって神(東照大権現)になり、日光の今の場所に祀られた。
江戸の真北にあたる日光山は源義朝、頼朝父子が尊崇して以来の神域だが、「北から江戸幕府を守る」という家康の遺言によって東照宮は造られた。以来、家康は杉の巨木に囲まれ東照宮奥の院に存在し、およそ270年の間、江戸を守ったのである。
陽明門、本殿に見られるように東照宮は荘厳で華麗な建築物だが、大改造を発意、指揮したのは家康の孫、3代将軍家光だ。日本文化の中で異彩を放ち、特異な地位を占める「桃山文化」を背景にして造られた東照宮はいま、世界から注目されている。


写真徳川家康徳川家康の系譜
1600年9月15日の関ヶ原の戦いに勝った徳川家康は1603年、江戸に幕府を開いた。
日本の戦国時代は普通、北条早雲の伊豆討入り(1493年)に始まると言われるが、日本の中心で目に見える形で時代が動いたのは、1560年、桶狭間に今川を急襲し勝利した織田信長からであろう。写真織田信長信長が時代を回し、信長を中心に時代が動き始めた。が、しかし、あと一歩で信長の天下!という時、明智光秀によって本能寺に信長が倒れる。
それから秀吉の時代。秀吉は日本を統一する。が、しかし、驚異的な速さで出世してきた秀吉には跡を継ぐものがいない。写真豊臣秀吉
秀吉の死後、徳川家康が念願の天下を手にする。家康は、信長、秀吉の轍を踏まないよう、慎重に時間をかけて日本を「徳川色」にしていった。東北に伊達、関東に水戸徳川、東海に尾張、紀州の徳川、北陸に前田、中国に池田、四国に山内、九州に黒田などの大大名を据えて徳川家に矢を向けさせないシフトを作り上げた。それでも防長二州に閉じ込めた毛利と薩摩の島津は潜在的な敵として残った。
家康は西からの敵に備えることを念じつつ75歳で死ぬ。そして、神様(東照大権現)になり東照宮に祀られる。北の空から江戸を守るためだ。
家康は270年の間、江戸幕府を守った。が、さらに150年が過ぎ、今は隠居しているような気分で日光にいる。