熊本県 熊本
堅固なこと無双の熊本城
1867年明治維新政府が成立し、熊本に九州鎮台が置かれた。加藤清正が造った堅固なこと無双の熊本城が心理的実戦的な背景にあっただろう。
その熊本城が西郷のつくった薩摩軍に囲まれる。1877年2月、日本が近代国家になるための最後の内戦の時である。
指揮をとった桐野利秋は「熊本城など青竹一本で足りる」と豪語し攻めに攻めたが落なかった。西郷は「清正公に負けた」とその城の守備力に舌を巻いたという。
西郷軍は西南の片隅だけでコトを終わらせる気はなく、日本の改革を目論んでいた。が、政府軍はすでに近代化が進みつつあり旧態とした西郷軍に勝ち目はなかった。と同時に熊本城を過小評価したことを悔いることとなったのである。
(写真は加藤清正像)
写真は、市役所14階から見た熊本城。春にはさくらが咲く。