埼玉 川越
川越は頼朝の与力・河越重頼を祖とする河越氏の拠点だった。 河越氏は、1180年に平家打倒の挙兵をして鎌倉幕府を成立させた源頼朝に与力したという氏族で、元々秩父氏の血筋だという。従って川越は河越と呼ばれていたが、徳川家康の時代に「川越」と呼称が変わり藩ができた。川越藩である。初め石高は1万石だったが最盛期には11万石を超えた。新河岸川を使い、米、五穀、絹などを江戸に運んで売り、江戸から呉服や漆器などを持ち帰り、また売った。
川越は城下町だが通商産業都市だった。
大いに栄えた。現在の川越に堂々たる蔵が並んでいるのはその名残である。
繁栄の名残を映す蔵屋敷の中を歩くのは気持がいいもので蔵を見るため海外からも人がやってくる。2016年に700万人を超えた。町の人々はありがたいことだと町を賑やかに華やかにして旅人を迎えている。毎年春の桜まつり、夏の百万灯まつり、秋の「川越まつり」などがその盛んなまつりである。
写真提供:小江戸川越観光協会
大正浪漫夢通り
大正浪漫夢通りなど川越は細い通りが多い。細い通りは「江戸」を感じさせることがあり気持がいい。城下町ならではの発見もある。が、時々、自分がいま、どこにいるんだろうと道に迷うことがある。神戸の北野や京都嵯峨野をあるいている時にもあることだが、そんな時、GPS信号を受け今いる自分の位置を明示してくれるmap&newsの手作りMAPが役に立つ。自分位置がピンクの点で表示されたときホッとして、またあるき始める。
写真提供:小江戸川越観光協会