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神奈川 鎌倉・北鎌倉

 
 
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鎌倉が萌えあがるような若葉色になる


静と義経が主役の鎌倉。4月
鎌倉まつりは4月14日(日)、若宮大路、若者が担ぐ神輿が跳ねるように進み開幕する。最終日には流鏑馬の神事が八幡宮の境内で行われ八幡宮の森は歓声であふれる。
神輿の巡行はのちのことと思われるが、流鏑馬は頼朝に頼まれた歌人西行が伝授して以来のことらしい。西行は俗名を佐藤義清といい北面の武士として流鏑馬の名手だった。
御神輿が境内につくと、階段下の舞殿で「静の舞」が舞われる。義経が吉野で別れたあと鎌倉に連れてこられた静御前を偲び水干に刀をさした白拍子姿で舞う。


静御前
静御前は白拍子であり源義経の愛妾であった。白拍子とは今様を歌いながら舞う男装の遊女のことで、清盛の愛妾だった祇王や仏御前など歴史に名を残す白拍子が多い。「義経記」によれば、静御前は神泉苑で義経に見初められたらしい。のち、追われる身になった義経とともに吉野に逃れるが、やがて鎌倉に連行される。すでに義経の子を身籠っていたという。
1186年4月8日、舞曲の名人といわれたの芸を見たいという政子の命で舞殿に立ち、「よしの山みねのしら雪ふみ分けていりにし人のあとぞこいしき」と舞い、「しづやしづ しづのをだまきくり返し昔を今に なすよしもがな」と歌った(吾妻鏡文治2年1186年4月)。吉野で別れた義経を偲んだのである。


義経まつり
義経を鎌倉に入城させるのは危険だと頼朝は考えた。義経主従が鎌倉の町を歩いた時、平家との合戦で常勝将軍であった義経に大衆が群り不慮のことが起こるかもしれない。不運の将軍になり始めている義経に大衆が同情、幕府に押し寄せたらどうするかと深慮遠謀の人・頼朝は当然考える。※のちに「判官贔屓」という言葉が生まれている。
義経主従は鎌倉郊外腰越の満福寺に留め置かれた。「腰越状」を書いたのはこの時である。
2019年4月20日、彼らを偲び祭りが行われる。義経まつり実行委員会(0467-33-0710)に電話で問うたところ、手づくりの甲冑をつけ義経さん、弁慶さんが腰越の町を練り歩くという。

義経

源義経(中)
吉野山、吉水神社に義経が身につけたものだといわれる赤い鎧がある。筆者はそれを見たがかなり小さかった。彼は150cmほどだったようだが、今の中学1年生男子では着用できないかもしれない。
源義経は幼名を牛若丸といい母はのちに平清盛の側室になった常盤御前。長兄は伊豆に流された頼朝。奥州平泉で藤原秀衡に育てられ、1180年10月、頼朝軍に参陣。1185年、壇ノ浦で平家を海の中に追い落とすまで天才的な能力を発揮する。
小柄な天才義経は有頂天になるのだが、20歳代中頃のぽっと出の青年がこれだけの戦果をあげて有頂天にならない方がおかしい。
ただ義経がいけないのは、武家軍団の後押しをうけて挙兵し、軍団に勝利の分け前を出さなければならない立場の頼朝がなにを考えどう動くのかを一切考えなかったことである。そればかりか浮名をながし後白河上皇といい仲になり「役」を勝手にもらったりしている。自らの戦略の外側で軍事の天才義経が一定の勢力をもつことがどれほど怖いことか?誰でも解ることだ。義経をとり巻いていた弁慶や伊勢義盛はただ戦勝気分にひたり酒を飲んでいたのか?頼朝をとり巻く官僚たちは日夜戦後処理策を考えていた。その戦後処理の枠外に全勝した義経がいる状況であればなんでもいいから理由をつけて彼をつぶせ!と大多数が思ったであろう。


義経と建礼門院
2人が情を通じていたという話は1300年ころに書かれた「源平盛衰記」などにあり、江戸時代には「壇ノ浦夜合戦記」という古典的な春本も出版されている。そうであるに違いない、そのことを覗き見したいという大衆の心を満たそうとしたものである。


西行
西行法師(さいぎょうほうし:1118-1190年)は平安末期の人で流鏑馬の得意な万能な武士であったが、23歳で出家、歌を読み続けた人である。一説には、鳥羽天皇の后、待賢門院と逢瀬をもち、のち失恋、出家したという。豪傑である。保元・平治の乱と源平の騒乱を実際に見ていた人で、後白河上皇、平清盛などと知己があった。2度目に平泉に下向した時、鎌倉で頼朝に会っている。気品がありながら古今和歌から脱する平俗で自由な歌を詠んだ改革者でもあったろう。明治初期の正岡子規、昭和時代末期の阿久悠に通じる歌人である。参照 




鎌倉の英雄たち

鎌倉の英雄たち 毛利氏	畠山重忠	北条義時	後白河法皇	源頼家 源実朝 藤原秀衡 源義経 静御前 平敦盛 建礼門院 平将門 島津氏 源頼朝 秩父党 平重盛 平維盛 上総介広常 千葉常胤 平清盛 大江広元 西行 北条早雲 源義朝 三浦義明 梶原景時 比企能員 和田義盛 土肥実平北条時政 北条政子

鎌倉を全部楽しむ

4月の鎌倉 さくら 今年の鎌倉のさくらは案外遅い。
2019年3月27日に見た感じ。
段葛:1分咲き。
源氏池:3分咲き。
御霊神社:3分咲き。
極楽寺:3分咲き。
妙本寺:3分咲き。
光明寺:5分咲き。
小動神社:7分咲き。
4月の2週目でも「桜吹雪の中でお弁当」が楽しめるかもしれない。

鎌倉のさくら
※葛原岡神社、※御霊神社、※銭洗弁財天、鶴岡八幡宮、※安国論寺、円覚寺、建長寺、光則寺、高徳院、光明寺、※極楽寺、浄智寺、浄妙寺、杉本寺、※瑞泉寺、長勝寺、長谷寺、宝戒寺、報国寺、本覚寺、妙法寺、※妙本寺、源氏山公園、※段葛、頼朝の墓など
※の場所はまだ盛りを迎えてません(2019年3月27日時点)


鎌倉のコブシ
瑞泉寺、妙法寺

鎌倉のボタン
鶴岡八幡宮、円覚寺、東慶寺、浄智寺
鎌倉のフジ
安国論寺、鶴岡八幡宮、瑞泉寺、光則寺、長谷寺

鎌倉のツツジ
浄光明寺、海蔵寺 、瑞泉寺、鶴岡八幡宮、安国論寺、建長寺、英勝寺、浄智寺、
妙本寺、明月院、高徳院(鎌倉大仏)、安養院




川喜多映画記念館企画展

<映画上映2019年4月〜>
■戦場のメリークリスマス
4月2日〜7日
監督:大島渚
出演:デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけし、トム・コンティ、ジャック・トンプソン
  
■KYOTO,MY MOTHERʼS PLACE
4月6日・7日
監督・脚本・ナレーション:大島渚
出演:京マチ子、山本富士子

■未完成交響楽
4月16日・18日・19日・21日
監督:ヴィリ・フォルスト
出演:ハンス・ヤーライ、マルタ・エゲルト、ルイーゼ・ウルリッヒ

■恐怖の報酬
4月17日・19日・20日・21日
監督:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
出演:イヴ・モンタン、シャルル・ヴァネル、ヴェラ・クルーゾー、フォルコ・ルリ

■蝶々夫人
4月28日~30日
監督:ルミネ・ガローネ
出演:八千草薫、ニコラ・フィラクリディ、田中路子、中村哲


鶴岡八幡宮12ヶ月

4月の段葛
2019年3月27日の段葛。まだ、桜花がついていない。写真

特別公開

■大佛(おさらぎ)次郎茶亭
「幕末秘史 快傑鞍馬天狗」や「赤穂浪士」など大衆文学の執筆者としてしられる大佛次郎。鞍馬天狗や赤穂浪士は映画や舞台で興行され嵐寛寿郎、沢田正二郎などの人気役者を生んだ。
公開日:4月6日 10:00~16:00

■旧華頂宮邸
昭和4年(1929年)に建設された華頂侯爵邸を鎌倉市が取得し、通称旧華頂宮邸として庭園部分を一般公開している。
公開日:4月6日・7日 10:00~16:00

■旧川喜多邸別邸(旧和辻邸)
鎌倉市川喜多映画記念館につづいて建つ日本屋敷と庭園。「古寺巡礼」で知られる哲学者和辻哲郎の屋敷を移築したものだという。註:写真家土門拳にも「古寺巡礼」がある。
公開日:4月6日・7日 10:00~16:00

■極楽寺特別拝観
1)極楽寺の本尊釈迦如来立像(国重要文化財)を公開。
公開日:4月7日12:00~16:00・8日10:00~16:00・9日10:00~13:00
拝観料:500円 
2)極楽寺開山・忍性の五輪塔(国重要文化財)の拝観。
公開日:4月8日 10:00~16:00

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鎌倉の歳時記・花

鎌倉NEWS:第61回鎌倉まつりは2019年4月14日~21日です。
鎌倉NEWS:義経まつりは2019年4月20日に行われます。

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